マウベシの水事業では、上水事業とあわせてニ年次からため池事業も行っている。ため池は農業(灌漑)用水を確保するために水を貯めておく人口の池である。日本では、雨が少なく渇水の多い近畿地方、山陽地方、四国地方に多く、これらの地域ではため池に貯めておいた水を節約しながら使って、農業を営んできた歴史がある。そのため池をマウベシでも造ってみようという試みだ。
ため池事業ではさらに、灌漑を目的とするため池のほかに、パーマカルチャーの専門家であるエゴ・レモスさんの指導のもと、帯水層を豊かにする目的の造成工事も行っている。
マウベシ近郊に点在する集落はゆるやかな傾斜地に広がっていることが多く、集落の中には4~6か所ほどの水源がある。これらの水源は自然の湧水である。水源は11月~4月までの雨季に水量が豊富で、5月~10月の乾季に少なくなる。水量の少ない水源は、乾季に水が涸れてしまうこともあるという。
水源の水量を安定させるには、地中の帯水層を豊かにすることが効果的である。エゴさんの説明によると、雨季に降った雨は傾斜地を滑り落ちていってしまう。その雨を地中に浸透させれば帯水層が豊かになる。それには集落の上部に雨水を受ける溝を掘ればよいという。
その溝は、傾斜地に横に長い楕円形に掘る。溝というよりは大きな窪地に近く、下側の辺を1メートルほど土手のように盛り上げる。この造成をすることで、雨は傾斜地を滑り落ちることなく中にとどまり、その水が地中に浸透する。その結果、帯水層が豊かになり、集落の水源も季節を問わず安定するというわけだ。
灌漑用のため池は使いみちが想像しやすい。ため池を造れば野菜の水やりが楽になりますよ、ため池で魚を育てれば現金収入も夢じゃないですよ、と説明すれば村人は俄然やる気を出す。ハヒタリ集落では、パルシックのスタッフが行く前に、村人は自分たちだけで、ため池を8つも掘ってしまった。やる気を出したときのティモール人のパワーはすごいのだ。
一方、帯水層のための溝掘りは「野菜を育てる」「魚を飼育する」というような具体的な(個人的な)目的ではなく、「溝を掘ったら水源の水量が安定する」という集落全体のための作業であるので、村人たちにとって今ひとつ実感がわかないようだ。しかもすぐに結果は出ず、水源の水が豊かになるのは5年か10年先……といった先の長い話である。
エゴさんがワークショップで溝を掘る意義を説明した後は、村人も乗り気になって大勢参加して作業もはかどるのだが、それでは続きは日を改めてやりましょう、となると村人のモチベーションは継続しない。ため池担当のダニエルが張り切って現地に行っても、村人が誰も来ない、ということも多かった。
「本当に1人も来ないの?」
と聞くと
「子どもが1人だけいつも来る」
という。
「子どもって何歳くらいの?」
「うーん、8歳くらいかな」
「8歳か、それは厳しいな。力仕事は無理そうだしな」
「いつも作業を見ていて、そのあと一緒にご飯を食べるだけだよ」
ちょうどコーヒーの収穫時期に重なったこともあるけれど(今年は豊作で村人は忙しかった)、ダニエルはそれでも1人で溝を掘りまくり、夜は隙間風の吹き込む部屋で寝て、シャワーも浴びずに修行のような生活を送っていたら、風邪をひいて寝込んでしまった。
「マウン・ダイ、ひとりでの作業は大変だよ、ごほごほ。」
と連絡がきて、ダニエルは家に帰っていった。
なかなか思うように進まなかった溝掘りの作業だが、ダニエルが病床からよみがえり、エゴ・レモスさんの仲間の若者たちが10人ほどディリから駆けつけて手伝ってくれたこともあり、なんとかハヒタリ、ハヒマウ、レボテロの3集落で溝を完成させることができた。
ハヒマウ、レボテロでは溝から10メートルくらい下った場所に、直径1メートル、深さ1.2メートルほどの穴を掘って、石とセメントで保護をした。新しい水源として使えないかどうかを試すのである。まだ水量も少ないし水も濁っているが、水は着実に貯まっている。エゴさんによると、しばらくすれば水量も増えて水も澄んでくるはずだという。
この溝が機能して、帯水層が豊かになるには時間がかかる。あるいはまったく機能しない可能性だってある。溝と新しく造った水源は、引き続き村人たち自身で管理を行っていく。溝が機能したかが分かるころには、私は東ティモールにいない。水事業は事業終了とともに解散するから、ダニエルは田舎に帰ってしまうだろう。そのうち溝を掘ったことも忘れてしまうかもしれない。
それでも5年か10年たったころ、集落の水源は乾季も涸れることなく、水が満ちているかもしれない。そうしたら畑仕事も水汲みも、今よりずっと楽になるはずだ。
そのとき「10年前、ダニエルおじさんが1人で溝を掘っていたのはこのためだったのか!」と、作業を眺めていた少年が気づくことはないだろうか。それがその後、その子がエンジニアを志すきっかけになって・・・などとあてもない想像を巡らしていると、東ティモールの未来が、ぽっと明るく灯ったような気がした。
(マウベシ事務所 大島 大)