「このまえの金曜日、コルメラを歩いてたでしょ」
ドライバーのフェリペ君に言われて、ああまたか、と思った。
ディリの街は狭いので、どこにいても誰かに目撃されている。
フェリペ君は車で走っていて、段ボール箱を抱えて歩いている僕を見かけたらしい。
先週の金曜日は、昼前にマウベシからアングナ(トラックの荷台を座席にした長距離バス)に乗ってディリに行った。
4週間ぶりの首都だ。
アングナに乗るのは初めてだったので、どこが終点なのか知らなかった。
「ディリに着いたら事務所に電話するといいよ。マリトさんがバイクで迎えに来てくれるから」
ローカルスタッフはそう言っていたけれど、僕はしなかった。
なぜなら1人で、バーガーキングに行って、先進国のジャンクフードを食べたかったからだ。
マリトさんと一緒だとバーガーキングは行きづらい。
「ランチに8ドルも払うなんて!」とか「しょせんマウン・ダイも外国人だな」などと思われたくなかったのだ。
アングナがディリの外れのタイベシ・マーケットに着いたのが午後3時。
11時過ぎの出発だったから4時間近くかかったことになる。
バーガーキングに向かってウキウキと「ワッパー、ワッパー」と考えながら歩いていた時に、フェリペ君に目撃されたのだろう。
東南アジアの中で、ダントツに旅行者が少ないと思われる東ティモールでも、旅行でやってくる人はいる。
バックパッカーだ。
東ティモールを旅した日本人バックパッカーのブログを読むと、だいたいみんな同じ感想を書いている。
「しばらく滞在してみたけれど、けっきょく街の中心がどこだか、最後まで分からなかった」
10年くらい前まで、ディリの繁華街といえばコルメラだったらしい。
らしい、というのは、今は違うからなのだが、今でもこのエリアには、洋服店だとか電化製品、車のパーツを売る店が、道の両端に並んでいる。
しかし、人通りは多くない。
休みの日でもたいしてにぎわっていない。
アメリカの田舎町のメインロードのようである。
わりと大きな店が多いのだが、客が少ないので、がらーんとした印象をうける。
店に入ると客よりも、マネキンの数の方が多いくらいだ。
マネキンが着せられている服にはうっすらと埃が積もっている。
なぜコルメラに人が来なくなったのか。
その理由はかんたんで、ティモールプラザができたからだ。
ティモールプラザは、ディリの街の西に建つ、東南アジアによくあるいわゆるモールで、日本のデパートを小型化したようなものだ。
最上階にホテルがあり、下の階にはレストランや洋服屋、電化製品店、美容院などが入っている。
1階には大きな高級スーパーマーケットもあって、援助関係の外国人の姿もよく見かける。
ワインとかビールなどのアルコール類も棚にずらっと並んでいる。
ここにはカマンベールチーズもあるし、キムチも売っている。
カチコチに凍っているけど納豆だってある。
休日だけではなく、平日の昼間でも、ティモールプラザはいつだってお客さんでいっぱいだ。
ディリの人たちはみんな、ティモールプラザ大好き! なのである。
このスーパーマーケットのレジで、白人の男性客が50ドル札で支払っているのを見かけたことがある。
そのとき僕は「ああ、ここは都会なんだなあ」と思った。
なぜならマウベシの雑貨屋だと、つり銭の心配がたえずつきまとうからである。
例えば1ドルの買い物に10ドル札で支払いをしたとする。
100円のものを1000円で買うような感覚である。
するとたいてい
「つり銭がない!」
と、ちょっとしたドタバタ騒ぎになる。
店の中のお金をかき集め、それでも足りないと店員の財布の小銭まで引っ張り出す。
そんなことをしたら、この後のおつりはどうするんだ? と思うが店員も必死である。
あるいは10ドル札を出した時点で
「つり銭はないからほかに行ってくれ」
と言われることもある。
カスタマーサービス、という概念はここにはまったくない。
逆に言えば、そんな高額紙幣(10ドルだけど)で支払いをする人は、めったにいないのだろうと思われる。
50ドル札なんて存在しないも同然かもしれない。
100ドル札に至っては、もはや月給の額に近づくので、これはもう「使える」紙幣ではないだろう。
話を戻すと、僕もディリに来ると、ティモールプラザに行く。
そしてスーパーでポン酢とかめんつゆを、日本の4倍くらいの値段で買ったりする。
ローカルの行く美容室の3倍くらいの値段で(それでも5ドルだが)髪を切ったりしている。
ディリ人が集まるティモールプラザでは、ほぼ毎回、知り合いに会うことになる。
会わなくたって誰かに見られている、ような気がいつもしている。
一度、先ほどのスーパーマーケットで、パルシック東ティモール代表の伊藤を見かけたことがある。
小学校高学年くらいのきれいな女の子がフロアをふらふらしていて「あれ、あの子見たことあるな」と思ったら、伊藤の次女だった。
そしてその向こうで、眉間にしわを寄せて、ものすごく真剣に玉ねぎを1つずつ手に取って厳選中だったのが、伊藤だった。
なんとなく声をかけられなくて、そのまま出てきてしまった。
東ティモールは小さな国だし、首都のディリは狭い。
僕は知った顔を見かけても声をかけないこともあるし、逆の場合もあるだろう。
仕事でもプライベートでもしょっちゅう顔を合わしていたら疲れてしまう。
だから人付き合いもほどほどに距離を取って、というのがこの街の(少なくとも外国人の)マナーなのではないだろうか。
しかしである。
ティモールプラザを出るとすぐにプルサ(携帯電話用のプリペイドカード)売りの兄ちゃんたちが、わらわらと群がってくる。
外国人はよいお客さんなのだ。
その兄ちゃんたちからプルサを買うと
「コレガ! 10ドルじゃなくて20ドルいっちゃおうよー」
などと、べたべたとボディタッチをしてくる。
その湿った手のひらのやわらかな感触に、どこかホッとするのも事実なのである。
(東ティモール事務所 大島 大)