PARCIC

シリア難民への教育支援事業

レバノンの学校におけるシリア難民・レバノン人のCOVID-19感染拡大防止支援事業

ご無沙汰しております、レバノン事務所の風間です。

レバノンは、2019年秋から始まった厳しい経済・社会状況が好転する兆しがなく、状況は悪化の一途をたどっています。レバノンポンドの価値は、公式固定レートの1米ドル=1,500レバノンポンドに対し、非公式実勢レート[1]が、1ドル=35,000ポンド以上を記録し、2022年9月2日現在は、その最安値を更新する勢いです。国営電力会社からの電気供給は、相変わらず1日0時間から2時間程度のままであり、発電機を別途契約しなければほとんど電気が使えません。2021年から2022年にかけての冬は記録的な降雪・降雨を記録し、例年になく3月末まで降雪が続きました。こういった状況の中、レバノンで暮らすシリア難民の9割が「生存するのに最低限必要な金額(Survival Minimum Expenditure Basket)」以下で生活しています。特に昨冬、難民キャンプのテントで暮らすシリアの人々は暖房用の灯油を購入することができず、空腹と寒さに苦しみました。レバノン人も、2021年3月時点で既に78%が貧困ライン以下で生活し、極度の貧困ライン以下は36%に達し、その後も支援が必要な人が増加し続けています。2022年2月に発生したロシアによるウクライナ侵攻は、小麦や植物油の輸入の大半を依存するウクライナや黒海沿岸諸国からの輸入を困難にさせ、主食であり比較的安価に手に入るパンの原料である小麦の確保と価格の安定が、大きな課題となっています。

さて、今回の記事は、アルサールの学校でコロナ対策をやっていますで紹介した、レバノンのバールベック・ヘルメル県アルサール市の私立・準私立学校9校に対して行った新型コロナウイルス対応事業の後編です。

この事業は、レバノンの経済的に脆弱で、新型コロナウイルス対応能力が低いバールベック・ヘルメル県アルサール市の私立・準私立学校9校やその地域での感染症拡大リスクを低減させ、レバノン人やシリア人といった国籍に関係なく、学校に通う全ての子どもたちへ、より質の高い対面での教育の機会の確保に寄与することを目的に、2021年4月から2022年3月まで実施しました。

前回の記事でお伝えした通り、アルサール市の私立・準私立学校9校に通う経済的に脆弱なシリア難民やレバノン人の生徒・学校の教職員たちに対し、(1)教職員・生徒への啓発授業、(2)学校への衛生用品の配布、(3)教職員・生徒へのマスクの配布、(4)スクールナースの設置と巡回、という活動を主に行いました。

シリア人女性に作ってもらった布マスクをつけて授業を受ける生徒ら

最終的に、シリア難民やレバノン人の生徒・教職員たち計7千人以上に新型コロナウイルスに関する啓発授業を実施。事業期間中に渡り、8千人前後に対して不織布マスクやハンドジェル、石鹸、学校清掃用の漂白剤等を供給し続け、避難生活を強いられているシリア人女性らにトレーニングを行い、対価を支払って作っていただいたマスク約3万枚を生徒・教職員たちへ配布しました。また、予算不足でいわゆる「保健室の先生」がいないため、事業で設置した学校医と看護師が、9校に月2回ずつ訪問して生徒及び教職員が体調不良等を相談し、適切な診察と指示が受けられるようにした結果、延べ393人の診察を行うことが出来ました。

学校訪問中の医師から診察を受ける学校の先生

さらに、当初は事業計画時には予定していませんでしたが、当該9校に対し冬の3か月間、教室を温めるための暖房用灯油や、毛糸の帽子・マフラーの配布(一部は越冬支援キャンペーンでいただいた寄付金で賄うことができました)も行いました。毎年、越冬支援をお願いしていることからご存じの方も多いと思いますが、アルサール市は非常に厳しい冬の嵐に見舞われます。しかし一方で、深まる続ける経済危機により、特にこの2021年から2022年の冬のシーズンには学校も暖房用灯油を購入することが難しいことがわかりました。これでは新型コロナウイルスのクラスターが発生しなくても、コンクリート造りで底冷えのする校舎で、暖房なしに授業を継続する行うことは難しく、学校を閉鎖せざるを得ません。暖房なしで授業を強行した場合も、十分な性能のある防寒着を買うこともままならない家庭も多い中、体が冷え、免疫が低下し、体調を崩す生徒・教職員が出てくることも予想されました。こうした背景の元、子どもたちが必要としているニーズを把握し、当事業で暖房用灯油や防寒具を支援したことにより、生徒らの体温低下を防ぎながら授業を行うことができました。

配布した灯油で暖を取りながら授業を受ける生徒ら。
寒い日には気温は氷点下となり、学校はコンクリート造りのため、暖房が無ければ教室の気温が5℃前後にまで下がることも。

これは学校の運営としても非常に大きな支援となったようです。ある校長先生に話を聞くと「灯油の支援が無ければ、灯油を買うために授業料を追加徴収するしかありませんでした。しかし、そうなればシリア難民やレバノン人に関係なく、経済的に厳しい家庭においては子どもを退学させなければならない世帯も多くいたでしょう」とのことでした。レバノンでは学校教育は、新型コロナウイルスの影響だけでなく、経済的要因も大きくかかわっていること、しかもシリア難民だけでなく、受け入れている側のレバノン人にとっても厳しい状況であることを再認識させられる証言でした。

雪が降る中、衛生用品をが学校に配布した日。

こうした活動により、結果的に、2021年4月から2022年3月の間で、新型コロナウイルス感染拡大リスクを低減する事に成功し、支援対象の全9校で感染拡大による学校閉鎖を防げました。さらには、様々な課題を抱えるオンライン授業を回避し、生徒らにより質の高い対面授業での教育の機会を確保することができました。これは、2020年3月のロックダウン以降、オンライン授業に移行し、電気やインターネットへのアクセスが難しい中で、生徒たちに何とか教育を提供しようと奮闘してきた学校の先生らや、勉強机の無いテントで小さなスマートフォンを見ながら授業を受けていた生徒の存在を知っている私個人としても、非常に嬉しいことでした。

防寒具を受け取る子どもら

現代において教育は、個人の将来的な自己決定権や幸福にとって非常に重要であり、また共同体の発展にとっても不可欠であると、私は考えます。しかし、レバノンに住む初等教育の年齢にあるシリア難民の半数もの子どもたちが教育を受けておらず[2]、レバノン人らも(レバノンに住むパレスチナ難民や移民を含む)約20%の世帯で、経済的脆弱さにより子どもが学校教育からドロップアウトしている[3]ことが報告されています。

2022年8月末現在、新型コロナウイルスの感染者数は、比較的低い値で推移していますが、今後いつ、より有害な変異体が現れるか分からず、予断は許さない状況です。冒頭に述べた通り、経済状況も改善の兆しが見えません。パルシックは、引き続きレバノンにおいて必要なニーズに対し、適切な活動を行っていきます。今後とも応援いただけますと幸いです。

[1] レバノンポンドの固定の公式レート(1米ドル=1,500レバノンポンド)に対し、2019年後半から経済危機が進み始め、レバノン経済への信頼がなくなったことから、実際の市場ではそれほどの価値はないとの判断が進み、2022年9月現在、35,000ポンドを払わなければ1ドルを買えなくなっている。
[2] UNHCR, ユニセフ, WFP “VASYR 2021 – Vulnerability Assessment of Syrian Refugees in Lebanon” p67
[3] OCHA “REVISED EMERGENCY RESPONSE PLAN LEBANON” p26, 2022年6月16日

(レバノン事務所 風間)

※この事業はジャパン・プラットフォームからの助成と皆さまからのご寄付で実施しています。

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