こんにちは。皆さまお元気でしょうか。
2021年6月末以降、レバノンの状況悪化はすさまじいものでした。レバノンポンドの価値が暴落し続け、公定レート1ドル=1,500ポンドに対し、実勢レートが一時1ドル=23,000ポンドにまで到達しました。物価はさらに上昇。通貨価値の暴落により燃料が輸入できず、国営レバノン電力からの電気は1日2-3時間のみ。
日や地域によっては全く電力の供給がない日もあり、ろうそくや懐中電灯で明かりをとり、洗濯も文字通り手洗い、電気の無い冷蔵庫が意味をなさなくなり中のものを捨てる、食中毒が多発する。またガソリンの不足により、ガソリンスタンドに数時間、時に数日かけて並んで給油をするなども日常茶飯事です。
2019年秋以降の経済危機及び新型コロナウィルス危機もあり、生きるのに最低限必要な支出(SMEB)以下で暮らすシリア難民が、55%から89%にまで急上昇しています[1] 。レバノン人も、2021年3月には78%が貧困状態に陥っています[2] 。
ナジーブミカーティー首相[3] が9月に誕生しましたが、今のところこれといって大きく状況が改善したということもありません。
さて、そうした状況の中で、パルシックは、レバノン北東部に位置するバールベック・ヘルメル県アルサール市の9つの学校において、新型コロナウィルス対策事業を2021年4月より開始しました。
レバノンでは2020年2月末に初の新型コロナウィルス感染者が確認され、その直後から学校での対面授業が禁止され、オンライン授業や課題を配布して遠隔で教育を行っていました。
しかし、オンライン授業に欠かせないデジタル端末やインターネット、安定した電気へのアクセスが無い貧しい家庭の子どもたちに対しても質の高い教育機会を保証できるよう、2020年9月以降の授業においては、対面授業とオンライン授業を組み合わせて行うことが教育省により決定されました。
対面授業を行うには、学校での感染症対策が必須となります。しかし、公立学校には教育省やUNICEFの衛生用品の支援が入るものの、私立・準私立学校は除外され 、経済危機により収入が減っている学校は十分な感染対策を講じることが出来ない状況にありました。
アルサール市の私立・準私立学校9校には、レバノン人シリア人合わせて約8,000人が通っており、十分な感染対策が取られない環境下で対面授業を受けた場合、クラスターが発生し、対面授業が再度停止されてしまうことが懸念されています。
そこで、パルシックは、(1)教職員・生徒への啓発授業、(2)学校への衛生用品の配布、(3)教職員・生徒へのマスクの配布、(4)スクールナースの設置と巡回、の4つの活動を通して、アルサール市の全ての私立・準私立校9校に対し、新型コロナウィルス対策を2021年4月より行っています。
レバノンでは、今年1月に1日6,000人を超える新規感染者が出るなど、新規感染者数がピークに達しました。非常に厳しいロックダウンがかかる中、学校も例外ではなく、1月から4月まで閉鎖されました。子どもたちは学校で友達と一緒に勉強したり、遊んだりできず、またオンライン授業についていけない生徒も少なからず存在する状況が続いていました。4月に感染者数が減少傾向となったことから、4月末から5月にかけて徐々に対面授業を開始し始めました。
こうした中、まず(1)教職員・生徒へ啓発授業を行い、新型コロナウィルスについての知識やどうすれば感染を予防できるのかを学びます。新型コロナウィルスの発生から1年以上が経っており、既に知っているという人もいましたが、知識としてはあるものの、実践されていないことも多いことがわかりました。そこで、マスクを自分でつけてみる、石鹸で手を洗う動作を一緒にやってみる、というように、実際に自分で手を動かして実践してもらう時間を設けることで、より日常生活で実践してもらえるような工夫をしました。
また、(2)学校への衛生用品の配布では、ハンドジェル、石鹸、ブリーチを配布しています。これにより、教職員や生徒が学校に来た際に手を清潔に保ち、学校の校舎や備品の消毒もできるようになります。
さらに、(3)教職員・生徒へのマスクの配布も行っています。このマスクは、材料やミシンをシリア難民女性に提供し、製造を委託して作ってもらっています。生産にかかった手間賃を女性たちは得られ、同時に出来上がったマスクも生徒たちに配布できます。
マスク作りのリーダーになった女性に話を伺ったところ、「シリアでは裁縫の免状とミシンを持ち、裁縫の仕事をしていたが、シリア危機でレバノンに来て以来全てを失ってしまいました。今は自分には継続的な仕事はありません。夫はシリアでは看護師でしたが、レバノンでは働く資格がなく、収入がほぼないため、UNHCRから現金支援を受け取って家族7人で生活しています」とのこと。
また、別の女性は、「夫とは離婚し、7人の子どもと生活しています。これまでは農場で子どもと働き1人1日20,000レバノンポンド(当時の通貨価値で約110円)を稼いで生活していました。マスク製造でお金が稼げれば、子どもに何か買ってあげたい」と言っていました。
女性たちは裁縫技術をお互いに教え学び合い、自分たちが作ったマスクが、子どもたちが教育を受けるうえで役立つことを想像しながらマスクを作っていました。
次に、(4)スクールナースの設置と巡回ですが、まずこの活動の背景として、アルサール市の私立学校にはいわゆる保健室の先生を設置する余裕がなく、気軽に体調や新型コロナウィルスについて相談する人がいない状況があります。
そこでこの活動では、月2回、医師と看護師が各学校を訪問し、教職員や生徒の体調や新型コロナウィルスに関する相談を受けられるようにしています。
5月以降は新規感染者数も比較的低く、アルサール市内での感染者数も1か月で数人程度が確認されるだけと、感染が収束しているかのように見えます。しかし医師・看護師が学校を訪問すると、少なからず教職員や生徒が体調不良を訴えてきています。
感染が疑われる場合はまずはPCRテストを受けることが推奨されますが、PCRテストを受けるには10,000 – 150,000レバノンポンド(公定レートで約7,500 – 11,000円)がかかるため、金銭的に余裕がない場合は、万が一感染している場合に備え、自宅での2週間の隔離生活を指示せざるを得ません。
検査できるケースは体調不良を訴えた10%にも満たず、多くは自宅隔離をしています。こうした状況のため、実際の感染者数は確認されているよりももっと多いのかもしれません。
現在のレバノンでは、基本的な権利であるはずの、全ての子どもたちが教育を受ける機会を得て、より良い将来を築くということが、冒頭に述べた厳しい経済状況、そして新型コロナウィルスによって非常に難しい状況にあります。
シリア難民の子どもに関しては、2018~2020年にかけて67~69%で推移していた小中学生の年代の子どもの就学率は、2021年には53%に急落しています。レバノン人であっても、経済危機や新型コロナウィルス、またベイルートの大規模爆発により、2020年には120万人の学齢期の子どもの教育が何らかの形で負の影響を受け、2021年9月現在40万人が学校に通うことができていません。
パルシックは、この新型コロナウィルス対策事業により、国籍を問わず少しでも多くの子どもたちが、安全に質の高い教育を受けられる機会を作ることができるよう、来年3月の事業終了まで取り組んでいきます。
[1]WFP, UNHCR and UNICEF, “VASyR 2020 Vulnerability Assessment of Syrian Refugees in Lebanon”2021年2月19日
[2] 極度の貧困は36%。OCHA ”Emergency Response Plan Lebanon 2021 -2022” 2021年9月(Rev. 1)
[3]2005年、2011年に次いで今回が3度目の首相就任。
(レバノン事務所 風間)
※この事業はジャパン・プラットフォームからの助成と皆さまからのご寄付で実施しています。