人権擁護と難民支援の課題
西ヨーロッパのメディアによれば、今回の戦闘の最終段階において、政府軍とLTTE軍の戦闘地域に住んでいたタミル人住民が、2万人以上殺害され多くの負傷者を出した。戦争末期には、無抵抗の捕虜を殺害し、白旗を掲げて投降したLTTE幹部を殺戮したとの報道もある。旧LTTE支配地区の住民約三十万人が政府軍に拘留され、2009年12月まで難民キャンプから出ることを許されなかった。南インドを始め海外の難民キャンプに逃れているタミル人も多い。これらの人権侵害事例を重視したEUでは、従来輸入関税を免除してきたスリランカの縫製品に、課税すべきであると決定した。
日本国内におけるスリランカに対する関心は、決して少なくない。2002年の国交樹立50周年記念には、日本からの強い要請を受けて国会議員団に2頭の野象が贈られた。インド洋大津波に際したNGOの活動も記憶に新しい。日本政府の明石康特別代表は、2003年の東京会議の共同議長国として、スリランカの復興支援を取りまとめている。2008年には、福岡アジア文化賞が国際法やジェンダー論の分野で活躍するグナセーカラ教授に授与され、創設されたばかりの堺市国際貢献賞がジャーナリストのペレーラ氏に授与されている。
しかしこれらの支援の動きも、相互の関連性がなく進められ、継続性に欠ける。今回の内戦終結を機会に、さまざまな分野で徹底的な話し合いが必要であろう。スリランカ国内の諸勢力、在外タミル人の支援団体、外国政府や国際NGO、国際金融機関などとも、日本の政府機関やNGO団体が広範なネットワークづくりに参加すべきであろう。
2010年に入って、国連人権評議会などの場で、欧米諸国は人権侵害の調査の必要を強調したが、キューバを先頭とする非同盟諸国は、中国やロシアとともにスリランカ政府軍事的な成果を称賛した。欧米の人権団体からは、ラージャパクサ大統領を、人権無視の戦争犯罪人として国際法廷で裁くべきだという声も強くなった。日本政府は両者の中間的な立場で、問題の非軍事的な解決や少数民族の権利擁護を強調するかたわら、復興支援への協力を表明している。
このような内外の難問に取り組むため、ラージャパクサ政権は大統領選挙を繰り上げて実施し(2010年1月26日)、その勝利を受けて4月8日に議会の総選挙を行い政権の基盤強化を図った。
ラージャパクサ家への権力集中と山積する難問
総選挙の結果、13の政党が連合した大統領与党が大勝利した。しかし、選挙管理委員会は不正行為が行われた2選挙区において、4月20日に再投票命じた。翌21日に判明した全225議席の最終結果は、下記の通りである。
統一人民自由連合UPFA(与党) 144議席
統一国民戦線UNF(最大野党) 60議席
タミル国民連合TNA(少数民族) 14議席
人民解放戦線DNA(分裂後の野党) 7議席
投票率は61.26%であり、スリランカの総選挙としてはきわめて低かった。最高得票数は、大統領の実弟バジル・ラージャパクサ経済開発相の42万票強であった。ボーゴラガマ外相、モラゴダ法相など有力閣僚で落選する現職も少なくなかった。
大統領の長男ナマル・ラジャパクサ(24歳)は、父親のハンバントタ選挙区を受け継ぎ15万票強を得て当選した。得票率としては、全国最高であった。新国会議長には、大統領の兄であるチャマル・ラージャパクサが就任した。新首相には、79歳の老政治家ジャヤラトナ議員が任命された。筆者は、同氏がドルワ村郵便局員だった1960年代からの知友である。強力な大統領一族の下で、その政治力を発揮できるかどうか未知数である。コロンボの消息通によれば、大統領の親戚数百名が、各省庁の重要なポストに就いているといわれる。
4月23日に新内閣が成立し、5月5日に4名の閣僚が追加任命され、合計44名の閣議構成員が決まった。前内閣が50名の閣僚から構成されていたので、6名の削減である。とはいえ、閣議において重要政策が審議されるかどうかは、疑問である。閣僚ではないが、ゴータバヤ・ラージャパクサ国防次官(大統領の弟)やB.P.ジャヤスンドラ経済開発次官(最高裁の判決によって財務次官を失職し横すべり)の権限は、閣僚より大きいと見られている。たとえば、総選挙後のNGO管理行政は国防省に移管された。
LTTEを殲滅した1年後の5月になっても、なお非常事態宣言による統治がおこなわれている。内戦後の経済発展が期待されているが、財政赤字も貿易赤字も拡大し、為替レートは1米ドル当たり113ルピーに下落した。アラブ産油国などへの出稼ぎ労働者からの送金増(33億ドル)が頼りで、消費の拡大による経済成長政策が採られている。
内戦終了後も、少数民族居住区に配備された兵力は維持される一方、国内難民の再定住は遅れている。プタラム県選出議員のミルロイ・フェルナンド元水産相が、再定住担当相に任命された。少数民族の期待に応えることができるかどうか、その実行力に期待したい。
(パルシック 中村尚司)