2018年2月3日、大雪にみまわれ寒々とした日本列島を横目に、20℃を上回る小春日和のパレスチナはヨルダン川西岸地区ナブルス県にて、イナゴマメという木の植樹イベントを行いました。
植樹の舞台は、ナブルス県から南西16キロに位置するジャマイン町。
地域循環型農業事業で有機堆肥作りに取り組む現地の農家さんや町役場職員、環境クラブの学生、また地元大学などからのボランティアさんたちと協力して、600本の木を植えることができました。
パルシック主催の植樹イベントとしては昨年から2度目になります。昨年、植樹の木として選出されたのはパレスチナでおなじみのオリーブ。違法入植地による土地接収を防ぎ、地域の緑化を推進するため、ジャマイン町の耕作放棄地に1,050本のオリーブの木を植えました。
「オリーブの植樹イベント」というと、いかにもパレスチナらしい行事ですが、イナゴマメは日本ではあまり馴染みのない木です。イナゴというとバッタに似たあれか、なんらかの豆なのか……?
ところがこのイナゴマメ、聖書にも名前が登場するくらいこの地域に根付いた昔ながらの植物なのです。英語名はキャローブ(carob)、現地ではイナゴマメ(kharoub)と呼ばれ、街路樹としてパレスチナのいたるところに見られます。
事業を始めるにあたって農家向けに行ったオリエンテーションでは、農業専門家サーデクが、イナゴマメに関するおもしろい知識をあれこれと教えてくれました。
パレスチナといえばオリーブの木がイメージとして先行しますが、イナゴマメもまたパレスチナの歴史や暮らしに大きな役割を果たしてきました。背が高く、存在感のあるイナゴマメの木は、イギリス委任統治時代の革命家たちにとって絶好の隠れ場となりました。イナゴマメの下に集まり、身を隠しながら食事や作戦会議を行っていたそう。一方で、子どもやお年寄りからは、悪魔の宿る木と信じられ、恐れられていました。蛇がとぐろを巻いたような形のさやのせいか、この理由は定かではありません。
このエンドウ豆にも似た焦げ茶色のさやからは、果肉と種が収穫できます。さやを小さく切って数時間お湯に浸し、手で絞ってとろみのある茶色の汁を抽出、最後に水と砂糖を加えれば、甘いジュースの完成です。チョコレートに似た風味の果汁には、ミルクの3倍のカルシウム、さらにビタミン・ミネラル、食物繊維、プロテインが豊富に含まれているため、高値で取引されます(なんとオリーブよりも高値がつくのです!)。嬉しいことに、カフェイン・脂質フリーで、糖尿病の方でも摂取可能なので、健康的な甘味料として砂糖代わりに料理やスイーツにも使われます。
また、イナゴマメは乾燥した岩だらけの場所に育ち、塩分を含んだ土壌にも耐性があります。光沢のある緑色の葉には耐火性があり、サボテンなどと同様、防火壁の役目も果たします。
これだけで十分すぎるほどイナゴマメを植える理由はあるのですが、イナゴマメを今年の植樹の木に選んだのは、ここジャマイン町の大きな課題のひとつである大気汚染に、イナゴマメが一役買ってくれることを期待しているからです。
ジャマインの主要産業の1つとなっているのが採石業。この地域にある60か所以上の採石場からはパレスチナで一番ともいわれるほど良質な建築用石材がとれます。しかし、過剰な掘削や石材の切り出しと、そこから生じる粉塵によって、ジャマインの大気汚染レベルは場所によっては世界保健機構(WHO)が定める国際基準の26倍と、極めて高い値になっています。こうした粉塵は地域住民にとって甚大な被害を及ぼすだけでなく、採石場近くのオリーブ畑を真っ白に包み、その影響で現地のオリーブ収穫量は年々減少傾向にあります。
この深刻な問題に取り組む方法の1つとしてイナゴマメを植樹するのは、その大きく密度の高い葉が粉塵を吸着するからです。オリーブの周りや道路沿いに植樹することで、オリーブに付着する粉塵量を減らし、空気の質を向上させることができます。その成長スピードは速く、水をやれば5年ほどで5メートルほどに到達、最長で15~20メートルの高さになります。乾燥した土壌環境でも根を張るイナゴマメは、水不足のパレスチナにとってぴったりの木といえます。
今回の植樹イベントでは、ジャマイン町の4か所の公共エリアにイナゴマメを植えました。特に汚染の激しいジャマイン北部、ジャラー地域の道路脇の土はがれきだらけです。鍬も折れそうな岩だらけの土を何とかならし、堆肥を流し込み、イナゴマメを植え、植え込み部分を踏み固めました。
植樹の様子を観察すると、やはり農作業に慣れている農家さんたちが率先して作業を進めてくれていました。少々大雑把な農家さんが傾いたまま植えた苗木を、別の几帳面な農家さんが植え直し、見た目の美しさを追及。植え方にもやはり性格の違いが出るようです。
とても印象的だったのは、公共のセメタリーでの植樹作業中、環境クラブの学生の1人がイナゴマメの木を自分の祖父のお墓の後ろに植えていたことです。
「影ができたらおじいちゃんが暑くないから!」
と、数年先、成長したイナゴマメの木が影をつくり、強い日差しからお墓を守ることを期待して木を植えていました。
植樹後、パルシックのスタッフ、ヤラが書いてくれたレポートにこんな1文がありました。
「植樹活動を通して、パレスチナの環境問題に現地の学生やボランティアの関心をリンクさせ、地道な努力が自分たちの故郷に変化を生み出すことができるのだというメッセージを伝えたい。日々の生活に追われ、時間の経過とともに消えかけている、アラブの習慣や文化の一部であった“助け合い”を、再び考え直す機会になればと願っている。」
彼女の言う通り、この2年間、私たちも多くの人の助けによって数千の木を植樹することができました。そして、来年もまた植樹イベント開催に向け頑張っていきます!
(パレスチナ事務所 関口)
(この活動は「防塵林の植樹を通したオリーブ畑・環境保護」事業の一環として、緑の募金の助成とみなさまのご支援によって実施しています。)