UNHCRによると、2015年11月1日までに580,125人がボートでギリシャへ渡ったと報告されています。この中にはアフガニスタン、イラクからの難民も含まれていますが、大多数はシリア難民です。そして、ギリシャへボートで渡る際に難民がまず集まるのが、トルコの3番目に大きい都市イズミール(Izmir)です。
イズミールのバスマネ(Basmane)駅前は、ギリシャへ渡るためのボートを手配する仲介人の拠点となっています。現在もここに毎日何千人ものシリア人が到着しています。私が滞在した日も、昼頃から千人以上が駅近くのカフェ、道端やモスクで、夜の出発までの時間をつぶしていました。
“ボート”といってもゴムボートにエンジンが付いただけの簡素なもので、航海は危険が伴います。途中で故障したり、定員30人のところを50人も乗せられたりして、毎日何十人もの人が溺死したというニュースを目にします。乗船には1人当たり約1,200ドルを支払います。駅前のレストランでは、シリアからやってきた人びとが現地通貨のトルコリラではなくドルで支払いをしていました。そして路上では、ライフジャケット、到着時にボートの場所を知らせるための笛、パスポートや大事な書類のための防水ホルダーを売っていました。
私はいったん滞在先の駅前のホテルに戻り、暗くなってから再び表へ出て様子を観察することにしました。20時30分頃、すでにほとんどの人たちはいなくなっていました。人びとは、仲介人から急遽、電話で出発時間を知らされ、どこへ連れて行かれる分からないままタクシー・ミニバスに乗り込んで、出発地点へと向かうのです。
大半の人はいなくなりましたが、まだ連絡を待っている人や新しく駅前に到着した人がいたので、シリア人が時間をつぶしているレストランに私も入り、夕食を取ることにしました。テーブルの端っこに座って食べていると、3人の男性が私の横に座りました。うち1人がレストランの従業員と会話していたので、すぐに仲介役だと分かりました。残りの2人は、1人が50代ぐらいで、もう1人が20代前半。2人とも静かにこれからの予定を聞いていました。仲介役が「電話があるまで待つように」と説明すると、50代の男性が「どのくらい待つのか」と質問し、仲介役が「1時間ほど」と答え、男性はそのまま黙っていました。
私は出来るだけ会話を聞こうと、聞いていないふりをしながら、食事をゆっくり食べようとしました。会話からこの男性の期待を感じながら、しかし、その日の朝に目視で大きく見えるギリシャの島の近さを実感したばかりで、同時にそこまでのたった5~6kmの航海で数百人もが命を落としていること、そして、夏が終わり海がだんだんと荒れ始め、危険度が増す中で、その危険を冒してまでギリシャに渡る人びとの気持ちを考えていたら、結局食事は喉を通らず、水で流し込みました。その後レストランを出て、今度はその向かいにあるカフェに入り、紅茶を飲みながらさらに周辺を1時間ほど観察しました。
私はみすぼらしい格好をしていたので、少なくても観光客には見えず、カフェに長くいても変に怪しまれることはありませんでした(ヨーロッパやアメリカのジャーナリストが居る、くらいに思われていたはずです)。新しいシリア人が到着すれば、仲介人がすぐに近寄り、金額等の交渉をするのがパターン化されているようでした。また、仲介人は大抵、先にギリシャへ渡ったシリア人が薦めているので、ある程度の信頼性はあるようで、だましたりすることはほとんどないようでした。現地の警察もパトロールはしているものの、シリア人へ質問をしている様子は一度も目にしませんでした。
これから冬にかけて海が荒れ、ギリシャへ渡るシリア人の数が減少することが考えられるため、仲介人たちは料金を現在の1,200ドルから900ドルぐらいに値下げして、ビジネスを続けていくようです。
(大野木)