11月下旬、2015年1月8日にスリランカの大統領選挙が実施されることが発表されました。現在の大統領の任期は2016年の11月までで、まだ2年もの任期を残して実施される選挙です。
26年間に亘った内戦を2009年に終結させ、和平をもたらしたマヒンダ・ラジャパクサ大統領は、その功績が支持され2010年に大統領に再選されました。スリランカの憲法では、大統領は3期以上連続してその職を務めることができないことが定められていましたが、再選後彼自身が憲法に修正を加え、3期目の出馬を可能にしました。
内戦は確かに終結したものの、再選当時期待された民族間対立の解決は、人びとが期待したように進んでおらず、どちらかというとタミル人の要求を抑圧する形で、表面上の平和が維持されているというのが現在の状況です。いまだ北部の広大な土地は、高度警戒地域として、または政府軍の基地として占有されたままで、現在も10万人はいると推定される※北部に駐屯する兵士の数も、平時に戻ったというには多すぎる数です。また、政府軍、LTTE軍が行った、戦争犯罪に関する外部調査実施を求める国連人権委員会の採択に対して、政府は再三協力を拒否、いまだにスリランカ国内への調査団の派遣は実現していません。
ラジャパクサ氏が大統領に就任してから約10年が経ち、一族に集中する財と権力が目立ち、その一方で物価の上昇により人びとの暮らしが圧迫されることで大統領人気に陰りが見え始めると、彼の主な支持基盤である農村シンハラ人層からの支持を失う前に選挙を行おうとの動きが窺えるようになり、2014年の半ばごろから、2015年初頭選挙実施の情報が流れていました。9月に行われたウバ州議会選挙の結果が、与党スリランカ自由党(SLFP)の辛勝だったことも、大統領選挙実施の動きを加速したと見られています。
3期目の再選を狙うラジャパクサ氏に対し、当初最大野党の統一国民党(UNP)には対抗できるだけの支持を得られそうな人物がおらず、誰を対立候補として擁立するか、水面下の動きが進んでいました。そんな中、11月下旬に選挙日程が決定され、大統領が自らの出馬を表明した翌日、SLFPの幹事長で、現政権の保健大臣を務めていたマイトゥリパーラ・シリセーナ氏が、突如、UNPの支持を得て対立候補として立候補するという、予想外の展開が起きました。
この背後では、前大統領でラジャパクサ氏に政権を譲ってから現政権の批判に回っていたチャンドリカ・クマラトゥンガ氏が、シリセーナ氏らの決断を後押ししたと見られています。立候補表明は大統領にも事前の連絡がなかったといわれており、与党連合側には衝撃が走りました。シリセーナ氏をはじめとする数人の大臣、議員たちは、大統領に過度の権力が集中し、3期目の出馬をはじめ、様々な決定が彼の独断で決められるシステムになっていること、政権の要職がラジャパクサ一族に占められており、誰も彼らの判断に意見できないことを厳しく批判しています。
ラジャパクサ大統領が出馬を表明した11月末以降、1週間で既に10人の与党連合所属の現職大臣、国会議員が対立候補側に付いており、州議会、村落議会のレベルでも鞍替えをする議員が出ています。これまで与党連合に加わっていた、強硬なシンハラナショナリズムで知られる仏教政党、国民遺産党(JHU)も対立候補の支持を表明する一方、UNPから鞍替えをして大統領支持に回る議員も出るなど、現大統領が結局勝つのだろうというムードが一転、どちらが優勢か見極めがつかない状態となり、状況の変化に伴い緊張感も増しています。
ラジャパクサ大統領は9月頃から、目に見えて選挙対策と分かる支援を全国で始めていました。10月には、24年ぶりのコロンボ-ジャフナ間の鉄道運転再開が大統領の参加の下、新ジャフナ駅で盛大に行われました。この北部訪問で大統領は、北部州に住む20,000世帯への土地所有権の分配、内戦中LTTE銀行に質として預け入れられ、戦後は政府が管理していた貴金属の一部返還などを人びとに約束しました。また、政府職員へのバイクの割引販売、公共バスの新しい車体の導入なども各地で実施され、大統領は現政権が行っている開発面、生活面での社会の改善を強調しています。選挙日程決定後に国会を通過した2015年度予算は、政府職員の給与・手当の増額、民間部門の最低賃金増額、付加価値税減額、水道・電気料金の減額などが盛り込まれており、一部批評家からは票を取るための「ばらまき」とも指摘される内容でした。
この動きの中、タミル人を代表するタミル国民同盟(TNA)はいまだにどちらの候補を支持するか、正式に立場を表明していません。TNAが支持の条件として提示しているのは、内戦中の1987年に定められた第13次憲法修正に基づき、北部州、東部州への警察権と土地の管理権を移譲することです。民族対立の解決、北部における政府軍の規模縮小、自らの土地に戻ることができていない人びとへの帰還の保証も条件に含まれています。この条件は、2013年9月にTNA率いる北部州議会が誕生した際にも、TNAが人々に実現を約束したものの、ラジャパクサ政権は結局権限の移譲を拒否し、いまだに実現されていないものです。人口の5%にのぼり約100万票の支持基盤を持つといわれるTNAの動向は、選挙の勝敗を左右するため見過ごすことのできない要素ですが、どちらの候補にとっても、この条件を承諾することは、シンハラ人支持層からの反発を受けることになるため難しい選択とならざるを得ません。
ムライティブで働くAさんは「現大統領はタミル人の人権問題に関して、成果を上げることができなかった。新しい大統領になったら変化が期待できるかもしれない」と、政権が変わることでタミル人が置かれる状況の変化への期待を語る一方、漁民のBさんは、「対立候補も元々現政権の一翼を担っていた人物。立候補の数週間前は、会議で大統領に賛同する旨の発言をしていた。今回は彼が勝つかもしれないが、タミル人に対する政策が変わるとは思えない」と悲観的です。漁民のCさんは「これまでどの大統領も、選挙の前は民族問題の解決を掲げていたが、就任後実施されたことはなかった。今回も同じだろう」と話しています。一方Dさんは「2013年の北部州議会選挙で現政権を支持しなかったため、その後村への支援が少なくなったと感じる。今回の選挙は、権力を握っているラジャパクサ大統領が再選されるのではないか。今回は支援を受けられるよう、彼を支持しようかと考えている」と話しており、人々の捉え方もそれぞれ違うことが分かります。
8日、立候補者の正式な届出が行われました。投票まで1ヶ月、今後状況が大きく変化する可能性もあり、人びとは日々の各候補、政党の動向を固唾を飲んで見守っています。
※International Crisis Groupのウェブサイトから引用
(ムライティブ事務所 伊藤文)