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ガザの人びとの声

サハルの冒険2 旅は憂いもの辛いもの<後編>

サハルの冒険2 <前編>より

インターネットでビザに必要な書類を調べてみる。以前、ヨルダン領事館から代理申請の場合は代理人委任状を持ってくるように言われたので、それはサハルに頼んで取り寄せていたが、他の書類についてはどこを探しても記述がない。

「うーん。ま、いっか。とりあえず行って聞いてみよう」
これが通用するのがアラブ社会の寛容なところである。

通訳兼代理人の同僚ヤラと財布役の私とでヨルダン領事館へ向かった。とれたての日本のビザを強調しつつ「ガザ地区のスタッフを日本に招聘するため、ヨルダンをトランジットで利用したい」と説明すると、あっさり「向かいの机で申請書を書くように」と告げられ、ヤラにアラビア語で申請書を埋めてもらう。
「パスポートのコピーを取らせて」と言われ、意外に簡単に済みそうだとホクホクしながら申請書と一緒にサハルのパスポートを差し出すと、それまでスムーズに手続きしていた領事館員が急に渋い顔になった。

「このパスポート、更新しないとビザが出せないよ」
えっ。そんな馬鹿な。日本のビザですら下りたのに?
「ヨルダン出入国の時点で残存期間が6カ月ないとビザを出せないんだよ」

慌てて確認すると、渡航予定日からパスポートの有効期限まで5ヵ月と少し、確かにぎりぎり足りていない。日本のビザを申請したときの渡航予定日が、手続きなどあってヨルダンビザ申請時には少し後にずれていたので、どうやらそのせいらしかった。

「パレスチナの内務省にパスポート発給の部署がある。近いし、今から行っておいでよ」
とヨルダン領事館員。しかし、ここで重大な問題に気付く。
「いや、でも待って!このパスポートにはすでに日本のビザが……」
「新しいパスポートでビザを取り直したら?日本の代表事務所、このビルの上階だよ」
偶然にもヨルダン領事館と日本の代表事務所は同じビル内にある。
「だめだめ、ラマッラーの日本代表事務所ではビザの発給はやってないんだよ。テルアビブでとり直しになってしまう。そんな時間はもうないし、行ける人もいないし……」

パレスチナのパスポートを片手にうろたえまくっている日本人をさすがに気の毒と思ってくれたのか、「ちょっと待って」とヨルダンの領事館員が奥に一度引っ込んで、すぐ戻ってきた。

「やっぱりこのままではビザは出せないけど、新しいパスポートを作って、古いパスポートも内務省に事情を話してキープさせてもらったらどう?こちらとしては新しいパスポートさえあればビザは出せるよ。ヨルダン渡航の時は新しいパスポートを出して、日本入国の時は古いパスポートで通ればいいよ」
私は、親身になって方法を一緒に考えてくれた親切なヨルダン領事館員に対し、失礼にも「日本はアラブ諸国とは違うので、そんなやり方でいけるわけがない」と甚だ不安に思ったが、とにかくヨルダンビザがないことには話にならない。至急パレスチナの内務省に確認するしかなさそうだった[1]

ヨルダン大使館を飛び出てタクシーを捕まえ、今度はパレスチナ内務省パスポート担当課へ向かう。同僚のヤラがいつもパスポートを更新している場所だ。申請書などが必要だとヤラが言うが、それも行ってその場で聞いて、可能であればその場で書けばいい。とにかく日本のビザがどうなるかだけでも確認しなくては。ところが、ついてみると窓口で事情を説明していたヤラが困った顔で振り返った。

「ガザ住民のパスポート更新はここじゃできないみたい」
「え?じゃあどこに行けばいいの?」
「ヨルダン領事館の向いのビルに、ガザ住民用に別のパスポート担当課があるって……」
そうしてとんぼ返りとなる。

パレスチナの役所は平日なら3時、この日のように木曜日であれば2時には閉まる。ぎりぎりの1時半頃にガザ住民用のパスポート担当課の事務所に駆け込んだ。

「パスポートを更新したいが、すでに取得した日本のビザがあって、古いパスポートもキープさせてもらいたいのだがそれは可能か」、としつこく確認し、どうやら可能らしいとわかったところで「ところで、代理人申請の委任状を出して」と言われる。すかさず、サハルに予備で書いてもらっていた委任状を差し出すと、「任意の書式じゃなくて、ちゃんと司法書士が作成したやつだよ」と言われて面食らった。

考えてみれば当たり前なのだが、役所の業務であっても割とルーズなパレスチナの対応に慣れ切っていたため、ちゃんと正規の手続きを求められるとは全く予想していなかった。すぐにサハルに電話し、翌週彼女が近くの司法書士事務所を訪問して作成してもらった書類をラマッラーに郵送する段取りとなった。

2時過ぎ、ようやくパスポート担当課の事務所を出る。人っ子一人いない廊下を抜けると、ビルの出口はすでに施錠されていた[2]

[1] 後で確認したところ、国によるが有効なビザのある旧パスポートと更新されたパスポートの併用は可能なことも多いそうなので、本当に失礼だった。

[2]その後、ガザ地区からパスポート更新申請書類が西岸のパスポート担当課に送られ、無事パスポートを更新。そのままヨルダン大使館でビザを申請し、1週間程度でビザが下りた。懸念であった旧パスポートは、通常穴があけられて破棄されるところ、最初のページに「Cancelled」のハンコが押されただけで返された。念を入れ、日本大使館に恥を忍んで事情を話したところ、日本のビザにハンコが押されていたり、穴があいたりしていなければ、新旧パスポート併用で入国できると丁寧な返答をもらった。

(パレスチナ事務所 盛田)

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