PARCIC

緊急対応:避難所への物資配布

ボランティアレポート

8月の前半にボランティアに来てくださった、奥田さんによるボランティアレポートです。
「山形屋」という石巻にある醤油・味噌の工場でのボランティアについて書いてくれました。

 

山形屋さん

(記録:奥田真希)

8月7日から10日の4日間、山形屋の工場と従業員用のアパートの復旧作業に行く。
山形屋は大正創業のお醤油・お味噌の製造工場。建物は木造とトタンの壁に瓦葺という年季の入ったもので、今回の津波の被害は最近の建物に比べて古い分大きい。
前方に旧北上川の流れを臨み、河口も近い。背後には小高い日吉山が位置する。津波は河口から逆流する水とともに川筋から溢れる形で工場とアパートを襲った。工場の人びとはアパートの階段を駆け上がって難を逃れたという。

私たちが担当したのは大きく分けて、

  1. 工場の片付け:瓦礫撤去、タンクの洗浄、床の泥かき
  2. アパートの片付け:壁紙はがし、下駄箱と押入れの泥落とし・拭き掃除、トイレ・浴槽の掃除
  3. 住居の片付け:家財出し、襖の取り外し、畳の運び出し  ・・・・・等々。

現場に行くと、工場は柱や壁がやられて、奥の作業場は天井部分が断熱材とともに剥がれ落ち、木材と断熱材と泥が渾然一体。床は泥まみれで、後で泥を流してようやくコンクリートの地が見えたくらいだ。貯蔵用の身の丈より大きなタンクが幾つも横倒しになり、醤油の運搬用のタンク、味噌の小分けのプラ製の樽、大きな浴槽のような容器は味噌を寝かせたまま泥を被っていた。

タンクや樽は洗っても泥が落ちきらない。大きな貯蔵用のタンクは、最終日にヘルプしてくれた日系ブラジル人ボランティアたちのおかげで移動することができた。
難儀したのはアパートの壁紙剥がし。濡れ雑巾で壁紙を湿らせながらスクレイパーでこそぎ落すが、なんせ素人仕事なので捗らない。これが4部屋もあるかと思うと気が遠くなる。私は加えて各部屋のトイレ掃除。これは普通のトイレ掃除とはわけが違う。あのトイレのにおいではなく、泥のにおいなのだ。バケツに水を汲み、ぶっかけては便器を擦る。中には便器の中に洗剤やブラシがはまっているものも・・・・。実はトイレ掃除は苦手なのだが、この便器らを洗っていると数ヶ月間誰にも使われずに泥にまみれていたことが悲しく感じられた。

それから下駄箱とその中にあった靴や雑貨、押し入れも泥まみれ。押入れの泥はブラシではたき雑巾がけをするが砂粒はなくならない。再び布団をしまえるのだろうか。

作業の指示は工場の若社長(若旦那さんと私たちは呼んでいた)にお願いしたが、こちらも勝手がわからない分、作業の細々した部分を質問すると、あちらも戸惑っている。そりゃそうだ若旦那さんだって住居や工場の片付けや泥の処理に対しては初めての体験なのだ。こういうときに建築のアドバイザーや泥処理に知識のある人が片付けのコーディネートをしてくれたらと思う。

しかし、工場のおかみさんの笑顔や若旦那さんの気遣いや差し入れで何とか乗り切れた4日間だった。まだまだ復帰には時間がかかるが、ボランティア一人一人の作業の積み重ねで成しえ、ものづくりの現場として再開していただきたい。お互いに顔は見えないが、一つの目標に向かって励み繋がっていくことに素晴らしいものを想う。